このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ。『ハムレット』第三幕第一場
ハムレットが、自分をかえりみて言う有名な独白の第一行。これはふつう、「生きるべきか、死すべきか」という訳で知られていますが、原文は「ツー・ビー・オア・ノット・ツー・ビー」と、もっとあいまいな言い方です。シェイクスピアは、大事な独白をあいまいにはじめ、観客が「?」と注意を集中したところで次の行から説明することがよくあります。
ここでも、第二行から、
どちらがりっぱな生き方か、このまま心のうちに暴虐な運命の矢弾(やだま)をじっと耐えしのぶことか、それとも寄せくる怒濤の苦難に敢然と立ちむかい、闘ってそれに終止符をうつことか?
と続けて、第一行の意味をあきらかにしています。このままでいいのか、と自問するのは、このままではいけないのではないか、と思ったときです。人間が生きていく上でそのような自省におそわれるかぎり、この独白は永遠の名セリフでしょう。
(小田島雄志『気分はいつもシェイクスピア』白水社 2003より)
小田島雄志(おだしま ゆうし)氏
英文学者、演劇評論家、翻訳家、 東京芸術劇場名誉館長、東京大学名誉教授、日本演劇協会理事
略歴
オズボーン、ウエスカー、アーデンなどイギリス現代演劇の紹介、翻訳につとめ、昭和41年文学座に参加。47年小田島訳シェイクスピア作品が初めて文学座により上演される。津田塾大学講師を経て、東京大学教授、平成3年名誉教授。5年から東京芸術劇場館長もつとめる。訳書にエスリン著「不条理の演劇」「現代演劇論」のほか劇評も執筆。シェイクスピアの全戯曲37編の個人全訳に取り組み、昭和48年より「シェイクスピア全集」(全5巻,白水社)刊行、 55年訳了した。シェイクスピアの個人全訳は、故坪内逍遙についで2人目。平成2年「お気に召すまま」を演出。芸術選奨文部大臣賞(評論等部門)〔昭和 56年〕文化功労者〔平成14年〕
日外アソシエーツ人物情報データベース WHOPLUSより抜粋