展示作品
立教大学所蔵ファクシミリ本 中世挿絵入り写本
- エル・エスコリアル・ベアトゥス写本(6世紀頃)
- ロッサーノ福音書(10世紀末頃)
監修・解説
- 名取 四郎(文学部キリスト教学科教授)
- 宮内 ふじ乃(文学研究科後期課程)
ファクシミリ本とは
古代や中世の写本や巻物は、世界各地の図書館や大聖堂などで大切に保存されているため、特別な許可なしには、なかなか手にとって見ることはできない。しかし、近年、紙によって羊皮紙の質感を再現し、高度な印刷技術を駆使して、できるだけ原本に近く写本を復元した豪華なファクシミリ本が相次いで公刊されるようになった。立教大学図書館でも、中世の挿絵入り写本のファクシミリ本を何点か所蔵している。今回はその所蔵ファクシミリ本の中から、《ロッサーノ福音書》と《エル・エスコリアル・ベアトゥス写本》を展示する。
エル・エスコリアル・ベアトゥス写本< 解説 >
写本番号 | Escorial, Biblioteca del Monasterio, &.II.5 |
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制作年 | 10世紀末頃 |
製作地 | コゴーリャのサン・ミラン修道院 |
現存フォリオ数 | 151 |
サイズ | 335mmx225mm |
スペイン北部アストリアス地方、リエバナの修道士ベアトゥスは、776年に修道士の教化のため、ヨハネの黙示録註解を編纂した。 この著書は当時大ベストセラーとなり、その後5世紀にわたって、スペイン北部を中心に盛んに転写され続けた。 今日では、断簡を含めた挿絵入り写本23点、テキストのみの写本8点が確認されている。これらは総称してベアトゥス写本と呼ばれている。
展示作品の《エル・エスコリアル・ベアトゥス写本》は、巻頭と巻末を欠いているため、制作地、制作年、注文者、写字生、挿絵師などが不詳である。
挿絵の様式分析から、今日ではコゴーリャのサン・ミリャン修道院の写本室で10世紀末頃制作されたとする説が一般的である。
《エル・エスコリアル・ベアトゥス写本》の挿絵は、黙示録本文とその註解テキストとの間に配置されており、失われてしまった原型に近い欄内挿絵形式を保持している。
膨大なテキストの中から読みたい箇所がすぐわかる見出し挿絵のような役割を果たしていたのであろう。
その挿絵には、モサラベ様式特有の平面的な人体描写や明快な色彩対比が、挿絵全体に貫かれている。
その一方で、極めて繊細な描線を駆使しており、黙示録に書かれた幻視を迫真的に描出し、ベアトゥス写本の中でも傑作に位置づけられている。
ロッサーノ福音書< 解説 >
製作年 | 6世紀頃 |
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製作地 | シリア・パレスティナあるいはコンスタンチノープルで制作 |
現存フォリオ数 | 188 |
サイズ | 300mmx250mm |
《ロッサーノ福音書》は、南イタリアのカラブリア州にあるロッサーノ大聖堂宝物館に保存されている。どのような経緯で、この地に至ったのかは不明である。 羊皮紙はプルプラ(巻貝の一種)で、皇帝の色であった紫に染められ、ギリシア語のアンシャル体で書かれた文字には金と銀が使われた大変豪華な写本である。
挿絵は,福音書本文中に施されておらず、巻頭に連続する、いわゆる巻頭挿絵形式を採用している。
巻頭挿絵には、現在、「ラザロの復活」、「エルサレム入城」、「宮清め」、「賢い乙女と愚かな乙女」、「最後の晩餐」と「洗足」、「使徒の聖体拝領」、「ゲッセマネ」、「生まれつきの盲人の治癒」「よきサマリア人」、「ピラトの前のキリスト」「福音書記者マルコ」が残されている。
残念ながら後世の再製本の際に順番が取り違えられているため、現在の挿絵は制作当初の配置とは異なっている。最後の2主題以外は、画面を上下二段に分け、説話場面は上部に、下部には預言者が上の新約聖書場面を予型する旧約聖書の引用文が書かれた巻物を広げている。
挿絵を見れば物語の内容を理解できるが、《ロッサーノ福音書》の挿絵は、この預言者の言葉を読むことを想定して作られており、それを読まなければ挿絵に込められた神学的な意味を理解できないしくみになっている。 挿絵の比類ないダイナミックな構図は、モニュメンタルな聖堂壁画との関連が指摘されている。
展示期間
2003年6月16日(月)~ 2003年7月29日(火)
展示場所
人文科学系図書館 1階展示コーナー