日本の辞書略史
日本の辞書は歴史的に中国の辞書の影響を大きく被っている。それによって、古代日本では代表的なものとして次のような辞書が作られた(括弧内の数字は成立年代を表す)。
(1)文字の形によって類別したもの(字形引辞書)
『篆隷万象名義』(空海、830~835頃)、『新撰字鏡』(昌住、898~901頃)、『類聚名義抄』(編者未詳、1100前後)
(2)文字の意義によって類別したもの(分類体辞書)
『和名類聚抄』(源順、931~938)
(3)文字の音によって類別したもの(音引辞書)
『東宮切韻』(菅原是善、847~850)
(1)は字書、(2)は義書、(3)は韻書とも呼ばれる。中でも、『新撰字鏡』は掲出した漢字に対応する和語を示しており、漢和字書の体裁を持つ最初の字書である。そして12世紀には、日本語の音節に即した音引き辞書として、イロハ順の仮名引きによる『色葉字類抄』(橘忠兼、1144~1180)が登場するに至った。
中世を通して、前代の辞書をもとに改編・増補された、さまざまな辞書が編集された。その後、近世に入って商業出版が成立すると、字書として『倭玉篇』、イロハ引きの『節用集』を中心に、辞書は庶民にも近いものとなっていった。とりわけ、『節用集』は利用者の便宜を考えて、検索方法にさまざまな工夫が凝らされた。また、意味記述・用例という側面でも充実した辞書も作られ、その代表的なものに『倭訓栞』(谷川士清、1777~1887刊)、『『雅言集覧』(石川雅望、1826~1887刊)がある。
一方、ヨーロッパの言語との対訳辞書では『日葡辞書』(1603~4)が刊行され、18世紀には蘭学の隆盛を背景に『波留麻和解』(稲村三伯、1796刊)、『訳鍵』(藤林普山、1810刊)などが編集された。19世紀になると、最初の英和辞典『諳厄利亜(あんげりあ)語林大成』(本木正栄ら、1814刊)が編まれ、『英和対訳袖珍辞書』(堀達之助ら、1862年刊)のほか、和英辞典では『和英語林集成』(ヘボン、1867刊)なども刊行された。フランス語関係では、『三語便覧』(村上英俊、1854刊)、『仏語明要』(村上英俊、1864刊)などが作られた。
明治に入ると、官撰の『語彙』が本格的国語辞典を目指して1872年から1881年までにア~エの部を出版したが、その後財政難によって中断した。1875年、文部省は大槻文彦に日本語辞書の編纂を任せたが、1886年に完成した稿本は大槻に下賜され、自費出版された。これが最初の近代的国語辞典である『言海』(1889~91刊 4冊)である。その後、国語辞典は『大日本国語辞典』(上田万年・松井簡治、1915~9刊 富山房・金港堂 4冊)が高い評価を得、これをもとに『日本国語大辞典』(1972~6刊 小学館 20巻)が編集された。また、『広辞苑』(新村出,1955刊 岩波書店)、『大辞林』(松村明、1988刊 三省堂)なども刊行される一方、小型国語辞典では『小辞林』(金沢庄三郎、1928刊 三省堂)が最も古く、その後『明解国語辞典』(金田一京助、1943刊 三省堂)を経て、『新明解国語辞典』(山田忠雄主幹、1972刊 三省堂)が編集されたほか、代表的なものでは『三省堂国語辞典』(見坊豪紀主幹、1960刊 三省堂)、『岩波国語辞典』(西尾実ら、1963刊 岩波書店)なども出版された。
漢和辞典では、『漢和大字典』(重野安繹ら監修、1903刊 三省堂)が「漢和」と名乗る、近代的な体裁をもつ字書の先駆けとなり、実質的には栄田猛猪の編である『大字典』(1916刊 啓成社)は戦前のベストセラーであった。戦後になると、親字約5万を収録する『大漢和辞典』(諸橋徹次、1956~60刊 大修館書店 12巻索引1巻)が出版された。
英和辞典では、柴田昌吉・子安峻『附音挿図英和字彙』(1873刊 日就社)、神田乃武・横井時敬・高楠順次郎ほか編『新訳英和辞典』(1902刊 三省堂)、岡倉由三郎編『新英和大辞典』(1927刊 研究社)など多くの大型辞書が出版される一方、小型辞典では神田乃武・金沢久共編『袖珍コンサイス英和辞典』(1922刊 三省堂)を皮切りに続々と出版された。
[参考文献]沖森卓也編『図説 日本の辞書』(2008 おうふう)
沖森卓也(立教大学文学部教授)