堀達之助『英和対訳袖珍辞書』について

 英語書名は”A Pocket Dictionary of the English and Japanese Language.”。編集主任は堀達之助(1823-1894)、協力者に西周助(周)・千村五郎・竹原勇四郎・箕作貞一郎(麟祥)の名がその序文に見える。1859年12月に編集の命を受け、1861年8月には完成していたようで、1862(文久2)年11月付けの堀達之助の英文による序文を付して幕府洋書調所から刊行された。洋書調所は1863年に「開成所」と改称されたため、「開成所辞書」とも称せられる。200部が刊行されたという。英和辞書としては早くに『諳厄利亜(あんげりあ)語林大成』(本木正栄編、1814〔文化11〕年刊)が刊行されているが、本格的なものとしては本書が嚆矢であり、しかも日本初の印刷された英和辞典である。版型はA5判の横装(立教大学本は本文縦149㎜、横187㎜、外装および表紙・序文の部分は補修)。各頁左右に2分割され、19行組み。本文953ページで、収録語数は約35,000。見出し語となる英語などのアルファベットはオランダから献上された鉛活字による活字印刷であるのに対して、日本語による訳語の漢字・片仮名の部分は縦書き横組みで手彫りの木版刷りである。

 この書は、英蘭辞書であるH. Picard『A New Pocket Dictionary of the English-Dutch and Dutch-English Languages. 』(第2版 1857年)を基に編集された。書名の「袖珍」は上記の‘pocket’に由来する。見出し語に対する発音は示されていないが、品詞の表示には、adj.、adv.、art.、conj.、interj.、prep、pron.、v.a.、v.n.などと記されている。凡例に当たる「略語之解」には上記のそれぞれに、「形容辞」「副辞」「冠辞」「接続辞」「間投辞」「前置辞」「代名辞」「他動辞」「自動辞」と解説しており、これらは「辞」を「詞」に置き換えれば、今日の文法用語に等しい。また、訳語には『和蘭字彙』などの蘭和辞書に由来するものがあるほか、W. H. メドハースト(1796-1857)編の『英華字典』(1847-1848年刊)が利用されたことも知られている。

  英語の序文に、「我が国で英語の学習が急速に普及しつつある」と記す当時の状況にあって、しかも、写本ではなく刊本によって流布していったため、その後の英和辞典に大きな影響を与えた。『改正増補英和対訳袖珍辞書』(慶応2〔1866〕年江戸再版、開成所刊。堀越亀之助編、柳河春三・田中芳男らが協力)は当時の需要を補うため,若干の訂正を加えて1,000部刊行された。その翌年には、これをすべて木版刷りにした『改正増補英和対訳袖珍辞書』(慶応3〔1867〕年江戸再版、開成所刊)が刊行され、明治2〔1869〕年には、さらに版元を蔵田屋清右衛門に替えただけで出版された。同じく明治2〔1869〕年には,1866年刊本を翻刻した『改正増補和訳英辞書』(An English -Japanese Dictionary)が薩摩の学生によって,上海の美華書院で印刷刊行された。これを俗に『薩摩辞書』と呼ぶ。これ以降も、明治4〔1871〕年の『大正増補和訳英辞林』、明治5〔1872〕年の『英和対訳辞書』、明治6〔1873〕年の『稟准和訳英辞書』『和訳英語聯珠』、明治7〔1874〕年の『広益英倭字典』など模倣版が続々と刊行された。このように、本書が日本の英語辞書史において果たした役割は極めて大きなものであった。

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