樋口一葉 について
樋口一葉は、明治5年5月2日、現在の千代田区内幸町付近に生まれ、珠玉の名作を後世に遺し若くしてこの世を去りました。一葉の戸籍名は奈津ですが、なつ、夏、夏子とも自署しました。父は塩山市の農民出身で江戸に出て武士の身分を得、一葉を中島歌子の名門塾『萩の舎』に通わせました。一葉自筆の『詠草』は十二歳から晩年の二十四歳まで四十数巻が書き続けられた和歌の練習帖です。そのうち4冊が立教に所蔵されています。
しかし一葉の短い生涯はほとんど貧苦のなかにありました。一葉十五歳の時に長兄が結核で死去、父則義は事業に失敗して死去、十七歳の時には一家を支えなければならなくなりました。一葉は小説家として身を立てることを決意して半井桃水に師事し、妹邦子に支えられながら図書館通いなどをして文筆活動を続けました。また雑誌「文学界」メンバーとの交流を通じてキリスト教に親しみ、聖書も読んでいました。
明治27年に『大つごもり』、翌年には『たけくらべ』、『十三夜』などを矢継ぎ早に発表し、森鴎外などから絶賛され、文名も高まりましたが結核に倒れ明治29年11月23日に亡くなりました。亨年24才でした