江戸川乱歩「和本カード」目録
「和本カード」は、江戸川乱歩が所有していた古典籍の書誌カード集です。熱心に古書を購入していた昭和20年代を中心に、書名や編著者名、刊行年や板元など基本的な書誌データのほか、いつ、どこから、いくらで入手したのか、その後の価格変動についても記されています。旧蔵書の大半は、2002年に立教大学が譲り受け、現在は同大学図書館に収蔵されていますが、当時すでに散逸していた資料もあります。「和本カード」にはそれらのデータも含まれており、蔵書家としても著名な乱歩の旧蔵書全体を見渡す大きな鍵となっています。
とはいえ、必ずしもカード全てが原本の記録というわけではなく、稀書複製会本や広告に載った書籍の情報を採用しているものもあります。また、どういったわけか資料はあるのにカードがない、というものも皆無ではありません。
例えば『色の染衣』は、乱歩直筆の同性愛関係書リストである『家蔵同性愛関係書』の「和本目録」に、「「色の染衣」零本巻一 江戸立羽不角 貞享四年」と記載され、所蔵していた形跡がありますが、『色の染衣』に関する「和本カード」はありません。
所蔵の実際とカードの有無については追調査が必要になってきますが、まずは「和本カード」のデータを広く一般に公開し、古典籍研究および乱歩研究等の一助としていきたいと思います。また、探偵小説家として昭和の文壇を牽引し、その名を冠した文学賞を制定するなど、後進の育成にも力を尽くしていた乱歩の古典籍に関する旧蔵書リストの開示は、近代における古典籍の利用方法や、乱歩作品の典拠分析などの諸研究にも役立つものと思っています。
「和本カード」は書誌データ集というだけでなく、乱歩個人の蔵書傾向や収集の軌跡、当時の経済状況や本を巡る交友関係などを明らかにできる資料となっています。乱歩は幼少期から始まる自分の記録を『貼雑年譜』として作製していましたが、蔵書の詳細を記したこの「和本カード」も、自分自身への飽くなき興味が現された記録といえましょう。
なお、本目録の作成にあたり、立教大学図書館、立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターの方々、青山英正氏、川下俊文氏、塩井祥子氏、秀島希望氏、宮本祐希氏、村松まりあ氏、他多くの方々に多大なるお力添えを賜りました。末尾ながら深く御礼申し上げます。
本研究はJSPS科研費(21K00273)による研究成果の一部です。
(2024年5月 丹羽みさと:武蔵大学助教, 元江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教)