砂田重民LPコレクションの特徴と価値

 砂田コレクションの構成

  ・ 総数5,411点
  ・ ジャンル別の構成要素
     『カントリー 1,540点-29%』
     『ポップス 1,314点-24%』
     『ロック 1,197点-21%』
     『ジャズ 579点-11%』
     『ブラック・ミュージック 277点-5%』
     他少数分類 504点-9%

 

1.砂田コレクションの特徴

  (1)アメリカ合衆国の大衆音楽がまんべんなく集められている

とくに顕著な点は「カントリー」「ポップス」「ロック」「ジャズ」「ブラック・ミュージック」の5ジャンルが全体の91%、即ち大半がアメリカの大衆音楽であることである。これは砂田氏の生きた時代と深く関わるものと思われる。砂田氏は1917年(大正6年)生まれ(~1990年没)であり、戦前のアメリカ大衆文化にリアルタイムで接した青少年期を持ち、戦後の占領期に二十代をおくったことと密接な関係がある。戦前においてモダニズムの影響を受け、戦後進駐軍がもたらしたアメリカ大衆文化や風俗に対する受容能力を培っていたものと推測される。とくに「カントリー」と「ジャズ」はアメリカ映画と並んで敗戦日本に与えた影響力は今日では想像できないほど大きなものだったのである。砂田氏の晩年までに至るコレクションの指向性の基礎はすべてこの時代の影響下にあるといえるだろう。1950年代以降に登場する「ポップス」や「ロック」への興味もここから出発しているのである。

 

  (2)南米、欧州、ハワイ、日本、韓国の大衆音楽が存在している

南米(ラテン、タンゴ)、欧州(シャソン、カンツォーネ)、ハワイ(ハワイアン音楽)、日本(歌謡曲)、韓国(韓国歌謡)もそれぞれ数点ずつ存在している。受容文化への認識の向上が進んだ後世からみると奇異に感じるが、砂田氏の当時は外来文化即ちモダンなものという認識が一般的であり、少数といえどもコレクションにこれらが存在することは意外ではない。日本、韓国のものも土着的な音楽ではなく、洋楽の影響が認められるものが多いのが砂田氏の嗜好性をあらわしている。

 

  (3)著名な指揮者、演奏者によるクラシックも若干枚数存在している

 幅広いジャンルの音楽を楽しんできた砂田氏の一面である。

 

  (4)総じてマニアックなものではなく、趣味人としての嗜好性に貫かれている

 日本には戦前からレコード・コレクターが多数存在したが、多くは特定ジャンルに固執したものである。大学などの研究機関も大規模なコレクションを持つがそれぞれに蒐集目的を持っており、多ジャンルにまたがるものは少ない。砂田氏のコレクションの価値はこれらと比較して「個人の趣味嗜好性に貫かれている」点が貴重である。蒐集者と彼の生きた時代とを併せて理解することによって、当時の文化風俗の在り方を巨細に知ることができるからである。

 

 2.貴重盤

  以上のうち下記の判定基準によって貴重盤を選定した。

○音楽的価値が高く且つオリジナル盤に近い
○国内市場的にみて入手が困難と考えられるもの
○歴史的な価値の認められるもの
○LP制作時の編集が丁寧でライナーノーツ等の資料価値の高いもの

 この結果『カントリー 176点』『ポップス 128点』『ジャズ 103点』で計407点(全体の7.5%)が選ばれた。
 貴重盤の内容については別表のとおりである。

 

 3.砂田コレクションの価値

  (1)砂田氏とその時代

音楽の嗜好性というものは味覚と似て、幼時の体験が生涯にわたる影響を残すという。砂田氏が幼時をおくった時代の一般的な家庭における音楽環境を想像するに、ラジオ放送開始(1925年)には間があり、洋楽器や蓄音機のある家庭はわずかであったろう。普通の幼児が耳にするのはせいぜい子守唄、わらべ歌の類であったはずである。しかし大正年間から急速に増えていった都市生活者や富裕層の間では様相が変りはじめていた。この変化のなかで、明治末年前後に生まれた20世紀の新しい文物にあこがれる世代が、大正から昭和初期の世相風俗をつくっていったのだ。音楽や映画では南部圭之助、双葉十三郎、淀川長治、野口久光。雑誌では「新青年」。カフェやダンス・ホールなど都市的な快楽を享受する世相は日本史上最初の現象であり、これが昭和モダンを形成してゆく。こうした環境下において砂田氏は都市部(神戸市)で有力な政治家(自民党総務会長をつとめた重政氏)となってゆく人物の息として生まれた。学齢に達する ころには昭和をむかえる。この時代は関東大震災によって疲弊した首都圏とくらべても、はるかに豊かな都市文化が花開いた阪神モダニズムの興隆時代である。おそらくティーン・エイジの頃にはこうした繁栄に接したはずである。そして自由な校風で知られた立教大学に進学する。このような生い立ちから当時としては進取的ともいえる音楽嗜好を身につけていったのは当然ともいえるだろう。

 

  (2)ポピュラー・ミュージックの生成過程を読み取る資料として

砂田氏のLPコレクションは総数5,411枚。音楽を専門とする研究者や評論家をのぞけば常識をこえた量である。しかも専門的な目的をもった蒐集活動ではなく、時々の気分や興味の赴くままに集めたものであるため、時代相がそのまま反映されている点に特徴がある。なかでも「カントリー・ミュージック」「ポップス」「ロック」が圧倒的に多く、コレクション全体の実に75%を占めているのである。これらはアメリカン・ポピュラー・ミュージックの特に第二次世界大戦後の顕著な潮流であり、この時代のなかで砂田氏がポピュラー・ミュージックのメイン・ストリームを好んでいたことを如実にうかがわせる。
  またコレクションに資料としての価値を求めるとすれば、それは17世紀以来4世紀にまたがる人種や文化の混淆、止揚による普遍性の獲得、メディアによる伝播力、時代性に即した変容力、世界音楽への飛躍といった大衆音楽史の20世紀後半における結論を示している点が重要である。20世紀初頭からはじまるポピュラー・ミュージックの歴史はわずか100年だが、砂田氏のLPコレクションはこの時代の大衆の心情の消息を訪ねるのにまことにふさわしい内容をもっている。

      鑑定・調査担当 小針俊郎