文学部100周年記念展示

米国から帰ってチャプレンとなった元田作之進は、1897年(明治30年)、信仰心があつい生徒を組織して「立教学校ミッション」を結成した。その機関誌として翌年3月に創刊されたのが『築地の園』である。月刊として、1931(昭和6)年5月の300号気年号まで続いた。その時々の立教のキャンパス全体の状況を知る唯一の雑誌として貴重である。              
 (「Bricks and Ivy 立教学院百二十五年史」 図録より

元田 作之進(もとだ さくのしん) 
牧師;教育者 日本聖公会東京教区主教;立教大学初代学長
生年月日:文久2年2月22日 没年月日:昭和3年4月16日 没年齢=66歳
出生地:筑後国久留米(福岡県久留米市) 学歴: 久留米師範〔明治11年〕卒;フィラデルフィア神学校;ペンシルベニア大学 学位: Ph.D.(コロンビア大学)経歴: 久留米藩士の長男に生まれ、早くキリスト教に入信した。明治11年久留米師範学校を卒業、同県下の小中学校で教鞭をとったあと、14年米国聖公会宣教師T.S.ティングの大阪英和学舎で学び、15年受洗。19年渡米、フィラデルフィア神学校やペンシルベニア大学などで学び、29年1月司祭となる。同年9月帰国後、立教学校の教師となり、32年立教中学校長に就任。40年には立教大学初代校長(のち学長)となり、大正12年日本聖公会東京教区設立と同時にその初代主教に選ばれた。攻玉社講師、三一神学校教師なども務めた。著書に「日本聖公会史」「老監督ウィリアムス」などがある。         (人文情報データベースWHO PLUSより)

 
 

 

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