展示:詩人尹東柱(ユン・ドンジュ)関連資料

 若くして命を絶たれた詩人尹東柱のことを私に教えてくれたのは、今は亡き朝鮮史家梶村秀樹さんである。そのとき紹介された詩の一節がなぜか私の心に忘れ難く刻まれた。それから30年ほどが経つ。ドイツ留学中、文字通り天を仰いで、この一節を思い起こしたことがなつかしい。この間、尹東柱全詩集が邦訳出版され、若き私の心に刻まれた一節が私家版詩集に付された「序詩」の冒頭であることを確認した。この詩集を故郷の友人の手に残して日本に留学した彼は、翌年(1943年)、朝鮮独立運動の嫌疑で逮捕され、祖国の解放を待たずして、27歳の若さで獄死したのである。

 彼が留学先の日本で書きつづけた詩は、ソウルの友人に送ったわずかに5篇が今に残るに過ぎない。それらは奇しくも私の勤める大学の便箋に綴られていた。彼は京都で逮捕される前、半年ほど立教大学に在籍したのである。そのこともあって、「人生は生きがたいものなのに/詩がこうもたやすく書けるのは/恥ずかしいことだ」と綴ったこの天性の詩人の澄みわたる言葉を、今は私が学生たちに紹介している。「空」には「神」が含意され、「一点の恥辱なきこと」は「恥をかかないこと」でなく、「良心に恥じないこと」である、との解説を加えつつ。

立教大学教授・旧約聖書学 月本昭男

「死ぬ日まで良心に恥じぬ」(言葉を生きる(4))

読売新聞夕刊2005年8月27日掲載

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